ねえ、夏は死んでしまったよ。 セミが落ちて、向日葵は枯れて、 日は早く沈んで、 夏は私たちからどんどん離れていく。 昔から夏はいつだってあっという間で、 笑っちゃうくらいの暑さも、 バカみたいにはしゃいだ夜も きっともうすぐ忘れてしまうんだ。 これは私たちの一夏の記録。 誰も知らない異国で まだ夏休みがあった子供みたいに 騒いで笑った数日間の絵日記。 最好的暑假 = 最高の夏休み。 どうか夏の最後に見てもらえたら嬉しいです。 好好享受哦。
いつだったか、朝ごはんはスイッチを押す時間だと母が言った。 ごはんを食べることでスイッチが押されて 1日のスタートが切れるのだと。
目の前にある、見目を整えられたきれいなパンとソーセージと卵をよしなに前歯でちぎって奥歯ですりつぶして、 タラタラと胃に流し込んでその重さでスイッチが押されるんだ、 きっと
僕の気分にかかわらず、スイッチは母の掛け声とともに右手と口が勝手に動いて押されてしまう 1日を始めるための善良な習慣 あと30秒で僕のスイッチは程よい満腹感とともに押されて 僕は学校に出る カチッ、 あ、おはようございます、
お昼のチャイムがなるとほっとした。 チャイムがなると全速力で教室を飛び出して外に出る。手際よくポケットから絡まったコード式のイヤホンを取り出して、耳に挿す。よしこれで準備万端。 お昼休みの1時間は私にとって非常に優しくて有益で、必要不可欠な時間だ。友達のいない無機質なクラスからも離れて自分の好きなところに行ける。おひとりさまのお昼休みはそりゃあ静かだったけれど、誰かと無理してつるんで食べたくもないご飯を胃に流し込むよりは100倍マシだった。 イヤホンから流れる音量を無理やり上げながら、校内の端にある図書館まで移動すればセーフ。いつも一人のくせに、なぜかお昼休みに一人でいるところなんて、誰にも見られたくなかった。 2階の奥にある木製の勉強机には今日も誰もいなくて、座るとビルとビルの間から覗く直射が眩しい。いつもいつもお昼休みにだけこの机は太陽に照らされた。シャーペンの先で削ってある知らない人の名前をなぞって今日もお守りのような言葉を自分に言い聞かせる。大丈夫、大丈夫、もうお昼は回った。 13時に近づくと心臓が少しずつ高鳴っていった。重い体をひきずって、教室に戻ろうとする。どうかどうか午後も何もありませんように。大丈夫、大丈夫なんとかなる。本当にそのようでありますように。
毎日毎日カチカチと働き出してから、ずいぶんとせっかちになったもんだなあと思う。 電車は2分遅延しようもんなら損した気持ちになるし、 赤信号に2回連続で引っかかった日は際限なく憂鬱になってしまう。 あーあ憂鬱憂鬱。カチカチと律儀に動く秒針を見ながら、おかげさまで「今日も世界の中で一番不幸」みたいな顔で変わらない信号を眺めている。 まあまあそんな気張らないの、 そう言えば、おばあちゃんは小さなことでうんざりしている私にいつもお菓子をくれた。いつもなにかがパンパンにつまっているかばんのポケットから取り出すのは、飴玉とか1口チョコとか簡単なやつだった、食べるときにカロリーとか糖質とかいちいち難しいこと考えなくてもいいくらいの簡単なやつ。それを考えなしに食べて数分が経たつと、ずいぶんと落ち着いて優しくなれた気がした。 たぶん、おやつはせっかちな人のためのものなんだろうな。 お昼ご飯を食べて夜ごはんを食べるまでの間12時から7時までのだいたい7時間のあいだをカチカチと働くせっかちな勤め人のための考えなしの時間。 せっかちな人がそのまま働きすぎてロボットに変わってしまうのを抑えてくれる大事な時間。
夜が好き。 日中の緊張と毎日のやらなきゃを少しだけ忘れられるから。 ほらもう、うるさい両親も寝てしまった、さっきまで動いてたLINEも既読がつかなくなった。 もう自分だけの時間だ、さあなにしよう?
大人になるとは鈍感になることなのだろう。 簡潔な居酒屋で目の前に置かれた透明な液体が入った小さなグラス。少し不思議な気持ちになる。 小さい時、お水と間違って飲んだお酒は火花が身体の中を伝って胃に落ちるような思いがした。 あの時一生飲むかなんて思っていたのに、なんてことだ。今では働いた1日の後に一杯やることが楽しみになっている。 目の前のグラスを持って口にちびちび運んでいく。 水滴がすっと身体を落ちていく。あの火花が通るような感触はもうない。もうない。そういえば昨今は悪口にも先生や親の評価にも悩まされることが少なくなった。他人の評価が身体を伝って緊張が発火する、そんな過去の繊細な気持の振幅は時間の経過とともにどんどん狭まり凪になった。なあんだ、私も大人になってるんだ。時間を重ねて立派に純情で些細だったことに振り回されないような図太い大人に。 きっと、いろんなことを知ったせいで、世の中を無理やり一般化してどんどん解像度が荒くなるんだ。 なんだか、目の前がぼんやりしてきたのは私がさらに大人になったからかそれとも目の前の酒の酔いのせいだろうか。